エゴの野望その⑤ 他人に同情したい

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こんにちは。
前回のエゴの野望その④ 他人をバカにしていばるでは、エゴが暴走して、他人をバカにして、いばって、差別するのが当たり前になるっていう恐ろしい話をしました。

今回は、エゴが同情したがっているっていうお話をします。
ニーチェの頃から、すでに語り尽くされた感のある「同情」という言葉ですが、野性のレイラらしい切り口でお伝えできるようにやってみようと思います。
 

・エゴは同情するのが好き
・うれしい時も同情する?
・実はエゴは何もやってない
・そもそも人間は何のために生まれてきたの?

エゴは同情するのが好き

エゴは、誰かが落ち込んでいるのを見たりするとうれしいんです。
同情できるから。

仕事で失敗したと言っている人にかけ寄り、
「つらかったねえ。」と同情します。
受験に失敗した人にもさっと寄っていって、
「まあかわいそうに。」と同情です。
リストラされた人に同情、離婚した人にも同情、お葬式で同情、ニュースで悲しい事件を見て同情というふうに、つらい人に引き寄せられていくんです。

学校でも仕事でも、近所でも、家でもなんだかつらそうな人を見ると、寄っていって同情です。
同情したくて、つらそうな人を探してまわっている人もいるくらいです。

同情とは言葉のとおり、同じ「感情」になる同じ「気持ち」になるってことですね。
エゴはつらい気持ちになっている人を見つけて、同じようにつらい気持ちになることが好きなんです。
もっと言うと、つらい感情を味わえるところを探しているんです。

当然、同情にはエゴのお得意な「上から目線」の要素もあるので、好物には違いないんですが、今日はちょっと違う要素のお話をしていきますね。
(上から目線のはなしは、エゴの野望その① 特別扱いしてほしいと、エゴの野望その④ 他人をバカにしていばるでしていますのでどうぞ。)

うれしい時も同情する?

「同情」という言葉って、誰かがうれしがっている時には使いませんよね。
つらい感情の時だけです。
なんか変ですね。

同情って同じ「情」になるって言葉なので、うれしい気持ちになるのも「同情」のうちですよね。
うれしい気持ちに同情でも、言葉としてはおかしくないんじゃないかなあ。
そしてどうせ味わうんならうれしい気持ちの方が良いのになんて思ってしまうのですが、エゴはそっちには行かないんです。

エゴが同情するのはつらい時だけです。
なぜって?

それは、エゴはうれしがっている人を見ると、嫉妬してしまうからなんです。
エゴはうれしがっている人を自分より「上・優」と判断します。
自分が「下・劣」に感じて腹が立って、うれしい気持ちを感じるなんてできません。
逆にねたんで、足を引っぱることを考えるくらいのものです。

結局うれしいことは嫉妬して同じ気持ちにならず、せっかくうれしい気持ちになれる機会を逃してしまうという、残念なエゴなんです。

でも、いくら「上から目線」ができると言っても、わざわざつらい気持ちに同情するなんて、意味がわかりませんよね。
どうせならうれしい気持ちになりたいはずです。

なぜなんでしょう。

実はエゴは何もやってない

エゴはなんでつらい気持ちにだけ同情するかと言うとですね。

エゴは、
「つらい経験はしたくないけど、つらい気持ちを知っておきたい!」
からなんです。

エゴは知ったかぶりです。
エゴの野望その① 特別扱いしてほしいでお伝えしたように、ウソをついてまで表面を飾りたいんです。

知識の多い方が頭良さそうに見えますもんね。
つらい経験を聞かれても、同情して気持ちを知っておけば、上手に語ることができます。
また、親身になって話を聞いている様子は、とても大人っぽく、愛にあふれ、優しく見えます。
自分で経験しなくても、他人に同情するだけで、カッコつけられるんです。

なのでエゴは、何でも知ってはおきたいんですけど、つらいことはしたくないんです。
知ったかぶりできてカッコもよく見えるっていう、「おいしいとこ取り」だけを狙ってるんです。
かんじ悪いですね~。

反対に、うれしい気持ちにはなんで同情せず、嫉妬して足を引っぱるかというと・・・。
もうあなたもお分かりだと思いますが、エゴは、
「うれしい経験は自分でしたいし、気持ちも自分でひとり占めしたい!」
ってことなんです。

エゴはいつも、
「つらい経験は他人にしてもらって、同情してカッコつけて知ったかぶりしたい。」
「うれしい経験やものは他人をけ落としてでも、自分だけでひとり占めしたい。」
と願っています。

エゴのするシュミレーションは、いつも独りよがりなんです。

そもそも人間は何のために生まれてきたの?

急にスピリチュアルの核心の話をしてしまいますね。
そもそも人間って、何のために生まれてきたと思います?

それは・・・。

ジャジャーン!!
(またまた子どもっぽいですね。)

「現実世界で経験して成長するため。」
です。

何の前触れもなく言われると実感がわかないかもしれませんね。
急に申し訳ない。
何のために生まれてきたのかについては、後日また、詳しくお話ししますね。
(ここではとりあえず、そういうことにしてくださると助かります。)

私たち人間は、現実世界でいろいろな経験をして、成長するために生まれてきてます。
「今」しかない現実世界で、いろいろ経験をして、いろいろな感情を受けとめ、成長するんです。
そして、死をむかえてあの世に持って帰って、また「今」しかない現実世界に来てを繰り返してます。
そうやって何度も生まれ変わり、成長し続けるんです。

その人間のサイクルに、エゴが邪魔してきます。
本当はエゴって、生まれてきたばかりで何もわからないあなたを守り、また道しるべとして活躍するんです。
でもあなたが成長して、いろいろな経験を重ねようとするとき、邪魔になります。

エゴはあなたの主導権をにぎろうと、エゴの生態その① 頭の中でずっとおしゃべりでお伝えしたように、過去や未来の映画をあなたに見せてきます。
私たちは、「今」しかない現実世界で経験するために生きているのに、エゴはあなたのいる「今」の現実世界から、あなたを引きはがそうとするんです。

本当はエゴも、自分の器を大きくしたいですから、学びや成長って大事なことのはずなんです。
でもいかんせん、エゴは面倒くさがりなんです。
自分が積極的に動いて、それもつらいことの経験なんて、エゴは全然したくないんです。
なので同情して、経験は他人まかせという怠惰なスタンスです。

敏感な人なら、同情されてもうれしくありません。
エゴの秘かな「上から目線」「表面だけの雰囲気」を感じ取ってしまうからです。
なので今回も、エゴは周りから距離を置かれる運命なんです。
エゴの計算はいつも間違っていて、失敗に終ってますね。

人間が成長する方法って現実世界で経験することしかないのに、結局はそれを妨げてしまうという。
エゴは今日も算数できず、アホさをさらしてしまうのでした。

いつも最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
次回は、今日もちょっと出てきましたが、エゴの怠惰な部分について、お話ししますね。

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